松岡好忠は、江戸時代前期に活躍した盛岡藩士であり、私財を投じて和賀川流域の開拓を成し遂げた農地開発の偉人です。猿田堰(さるたぜき)を開さくして松岡新田を開き、和賀平野の農業発展に大きな礎を築きました。

私財を投じた新田開発
慶長17年(1612年)に生まれました。盛岡藩士であった松岡は、明暦2年(1656年)より自らの財産を投げ打って和賀川流域の猿田開拓に着手しました。

猿田堰の開さく
過酷な地形と向き合いながら和賀川からの用水路である「猿田堰」を開削し、広大な原野に水を引くことに成功しました。これにより、松岡新田と呼ばれる豊かな農地が形成されました。
・和賀川からの用水路「猿田堰」の開削
・私財を投じた大規模な開墾の推進
・松岡新田の形成と安定した水利の確保

和賀平野の発展と後世への影響
松岡好忠が整備した猿田堰は、奥寺八左衛門定恒による上堰・下堰(奥寺堰)とともに、盛岡藩における最も顕著な農地開発の偉業として称えられています。元禄7年(1694年)に没しましたが、その用水は今も地域を支え続けています。

もっと知りたい人のために
コトバンク 松岡好忠
水土の礎 岩手県 和賀中央農業水利事業
いわての文化情報大事典 四つの藩政